奈良のデザイナー、編集、映像制作、ゲームクリエイター、ナース…「その仕事、どんなですか?」レポート!

イベントの概要

ここは私の家なんですけど(笑)。寝室の6畳以外を開放して、ふらーっと音楽を弾けたり、男の子が無言で焚き火して帰ったり、小学生の子がパスタ作って帰ったりする場所です。で、イベント場所として開放していたら、編集奈良さんがイベントに招待してくださったり、そのSNS経由で訪ねてきてくれる人、通りがかりの人(笑)。

でも、こんな得体の知れない場所に来てくれるというのは、やっぱなんか変なんや(笑)。アクセスも悪いし、わざわざくる場所だからゆっくり話せる場所になっている気がするな。

興味があればtoiでつながって、連絡とっていけたらと思います。

今日のイベントのきっかけは、最近toiを訪ねてくれた「あーみん」が、映像の仕事をしてきたこのぴーの話を聞きたいと。で、その技術を、toiの大越君が企画する川西町のはじまるマルシェで目の当たりにして「すごいやん」と。で、この企画に至りました。

1限目 デザイナー・企画広報 島田彩(しーちゃん)

わたしはソーシャルデザイン。もっと色んな角度から働くこと、学ぶことをデザインする仕事をしています。一見華やかに見えるけれど、じっさいは「モデルになる猫が必要で、毛並みの良くて1日静かにしてくれる猫がいるかな」「猫の写真を撮影した時にホコリが写っているな、それをPhotoshopで削らないと」…。地道なことが大半です。

就労支援にもデザインにも興味があるわけではないんです。仲間の2人が大好きだったから、始めた。それだけです。で、就労支援します。デザインできる人おったらな、となったから「やります」。就活で「あなたのやりたいことは」?と自己分析をしますよね。けど、わたしはやりたいことがあんまりなくて。先に人がいたんです。で、あったらその人たちが喜びそうだな、求められていたことをやった、そんな感じです。

だから、仲間の2人が「たこ焼き屋やろう」だったら、たこ焼き焼いていたし。「電気工事しよう」だったら電気工事屋さんをしていたかもしれないんです。

3限目 テレビ番組・映像制作 このぴー

誰やねん、自分の話をしようかな。幼稚園小中高ずっと奈良で。大学が京都で、就活しよう。先輩がキユーピー株式会社受かった、オレもいけるんちゃう?でも食品メーカー受かんない。

中学生の時にちっちゃい銃とか持って動画撮ってたりしてて、動画作んの好きやし、1回受けてみるか。でもその頃にはテレビ局の試験が終わっていたから制作会社へ。2015年に入社して、ADなんや?最初に頼まれたのが「オコシ」。インタビューのシーンの会話内容を書き起こして。で、ロケ連れて行ける。で、羽田空港から飛行機離陸するのに、どこから撮ろう?「ガイアの夜明け」という番組などの取材をしてて。半年したら、1人前。ミスって、土曜出社したりとか。2年目間近になって、ロケハンのための資料を作ったり。

めっちゃ楽しくて。ディレクター見習いとして事前のリサーチして、企画立てて、カメラマンに指示して。

仕事も面白かったな。楽しかった。楽しかったんやけど、なんかやる気なくなってきて・・・大学の時バンドやってて、僕が抜けた後も彼らは続けてて。僕は今やらんでいいことをしてて、何してんのやろ?会社休んで、奈良戻って。で、何がしたいんやろ?映像でなんかやりたい、なんかやりたいじゃないな。映像してしまう。映像作るのは好きなんや。就職したほうがいい?金になることを?なんか、自分が好きなのを、好きと思って自分で楽しんでやってたら、周りの人が喜んでくれた。

じゃあ、僕の製作した番組を見てもらいます。

4限目 ゲームクリエイター 伊藤友基

ぼくは23歳です。奈良県立高校、専門学校を経て、老舗のゲーム制作会社へ。プランナーという仕事をしています。で、ゲームが好きです。この仕事を知ってほしい、興味を持ってほしいんです。

記事に書けないことも多いんですけど、まずゲーム会社にはデベロッパーとパブリッシャーがあります。みなさんご存知のカプコン株式会社などは、パブリッシャーです。デベロッパーもパブリッシャーも、企業に勤める以外の選択肢も増えていますね。フリーランスや小規模のチームを組んで、少人数で作るという。さきほど僕が「老舗のゲーム制作会社」と話したのは、デベロッパーということなんです。

ぼくがしているプランナーは、チーム全体を統括するディレクターと制作スタッフ(デザイナー、サウンドコンポーザー、プログラマーなど)をつなぐ中間管理職ですね。プランナーの仕事は、プロジェクトの設計図と言える「仕様書」の作成、ガントチャート作成を通した進行管理、社外交渉、ステージに敵を配置する・・・幅広いです。

制作スタッフに関しては、キャラクターの体が右へ動いた時に、髪の毛がどうなびくか。そうした設計をするのがデザイナーです。サウンドコンポーザーは、そのゲームの世界観を落とし込む音楽家なんです。プログラマーは設計図やデザイン素材・音楽をプログラミングで組み合わせて、ゲームを作っていきます。

おやつ

「色んな人の話を聞くと、身の回りにもたくさんの仕事があることに気づくね」。そんな声が会場から聞こえてきました。たとえば、このお菓子のパッケージ。

そして、このティーポット。会が始まった11:30に入れたお茶が、おやつの時間になっても温かい・・・ これも誰かがたくさん考えて、設計したんだよね。

5限目 元プロ野球選手・現キャリアアドバイザー兼ビル管理 生山裕人

「なまやま」と書いて、「いくやま」とよみます。

うーん、30分話すって難しいですね。スマホで私の名前「生山裕人」を検索していただいて。


結婚と予測変換が出てきます(笑)

野球選手って、小学校から野球に勤しんで…というイメージがあるかも知れないですけど。違うんです。

高校出て、学校の先生なりたくて、でも浪人落ちて。芸人になりたくて、近畿大学文芸学部芸術学科舞台芸術専攻入ったんです。先生から「あんた、ちょっと水なって」とか先生に言われて、なるんですけど、「違う!」言われて。

もともと芸人なりたかったしなあ、とだんだん、演劇に興味が失せていく中で、野球むっちゃしたくなって。楽しくって。野球にマイナスなものは全て排除して、友達の「昼飯」も断って。お茶と水しか飲まへん。どうやって歩いたら野球上手くなるんやろ?それだけ考えてました。でも1mmもプロになることは考えなかったですね、上手くなることだけ考えて。で、その後プロ野球選手になって、引退。違う仕事に就きました。

その後、家庭の都合で、家業を引き継ぐことになったんですね。同時並行で始めたのが、アスリートのセカンドキャリア支援。そこには「やらないといけない家業」だけでなく「自分にしかできないことをしたい」という気持ちもありました。

でも、34歳になった今、思うんです。「やらないといけないと思っていた家業も、実は自分にしかできないことだった」と。重なって、受け入れられるようになった今、むちゃくちゃゆるい生活をしています。「いくやまらしくないやん」と言われることがあるんですけどね、「らしい」ってなんでしょう?

かつてプロ野球選手だった僕は「全力疾走の自分」に、価値があると思っていたんですね。そうやってメディアに紹介していただいたし、その姿勢に感動したという声もいただきましたから。でも、今思うと、縛られていたんですね。

「らしい」ってなんでしょう?

働き始めてからも、価値観はどんどん変わる

プログラムが終了した後は、学生も社会人も一緒になって、リアルな話が広がりました。フリーランス・ナースという生き方をする辻本たかみさん、会社勤めをしながらアートの活動を展開する人。

そうした中で印象的だった言葉があります。

「働き始めてからも、価値観はどんどん変わっていくからね」

いつになく真面目な1日となったtoi。「その仕事、どんなんですか?」学生も社会人もたくさんの発見がありました。